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相談室その2
(対人援助の実際)
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| この相談室では、実際の援助場面で困ったことについて一緒に考えていきます。先に書いているように、実際の相談ケースをアレンジして公開することも考えています。 相談をお待ちしています。 |
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私は今、介護福祉の仕事とは関係のない一般企業で事務業をしています。介護福祉の仕事に就きたいのですが、介護福祉に必要な資格をもっていません。自宅から通える専門の学校が近くにないのですが、自主学習をして資格を獲得し、介護福祉に関わる仕事に就くことができるのでしょうか? |
介護福祉士になる方法は,次の3つです。 (詳しくは,http://www.sssc.or.jp/shiken/index.html をご覧ください)。 1)高等学校又は中等教育学校卒業以上の者であって、一定の養成施設を卒業したもの 2)3年以上介護等の業務に従事した者で介護福祉士国家試験に合格したもの 3)高等学校又は中等教育学校(それぞれ専攻科を含む。)において、福祉に関する所定の教科目(若しくは科目)及び単位数を修めて卒業した者で介護福祉士国家試験に合格したもの ご質問に関しては,「自宅学習で介護福祉士の資格を獲得し」ということはできないということになります。 しかし,「介護福祉に関わる仕事につくこと」については,少し異なります。介護に関する仕事には,ホームヘルパーもあります。1級ホームヘルパーであれば,介護福祉士と同等という認識です。また,介護の仕事もできます。 ホームヘルパー資格であれば,ご自宅から通うところにあるのではないでしょうか。 |
本を読んで「利用者が自由に感情を表出できるように援助者が意図的に関わること」とあったので,そのように理解していました.しかし,別の本では,「感情表現に含まれている意味を的確に理解すること」と書かれていてよく分かりません. 感情の表出について意図的に関わるということなのか,感情を理解する際意図的に読み取るということなのか,どちらなのでしょうか. さらに,感情を表出した後のことについても触れています.つまり,感情を表出したらその感情についてワーカーとクライエントが一緒に話し合うことができるのです.つまり,感情に含まれている意味を理解する(互いに)ことができるのです. ですから,質問に書かれていることは,両方とも重要であるということになります. ちなみに,私が関わっているところでは勉強会として,バイステック著,尾崎新他訳『ケースワークの原則』誠信書房 を現在輪読しています. 参加者の感想を聞くと,読むことで考えさせられることが非常に多いということと,さすが50年近く前に書かれた本なのに今でも重要だと思えることが多いと言われます. ぜひ原著を翻訳で良いので読まれることをお薦めします. |
ナラティブモデルとは,社会構造主義の考え方を社会福祉の実践に応用したものです。 社会構造主義では,人間とは,ある状況で周囲の人との関係から作り出された存在であると考えます。つまり,人間の存在は,その人のおかれている状況や,相手との関係によって変わりうるという考え方です。このように人間を絶対的な存在ではないと考えるのは,これまでの考え方(モダニズム)とは異なるということから,ポストモダニズム(モダニズムの後の考え)ともいわれます。 モダニズムとは,人間を絶対的な存在としてとらえる考え方です。この絶対的というのは,科学的な人間という意味と同じです。 つまり,人間は,観察者(科学者あるいは援助者)が客観的・科学的にとらえることができるという考え方です。 これに反して,社会構造主義では,人間は,観察者のとらえ方やその人の置かれている状況によって変わると考えます。 社会福祉実践との関係でいうと,当事者は援助者のとらえた存在であり,その問題は援助者が問題であると考えたことが,問題となるのがモダニズムという科学的な考えということになります。 社会福祉の対象者は,弱い立場の人たちで,強い立場の人が,「あなたの問題は○○でしょう」ということに対しては何も言えない状況で,一方的に決められていたとも言えます。これに対し,社会構造主義では,当事者のことを援助者が決めることができない。当事者のことは,当事者自身が知っている。それを,一緒に協力して確かめるのだ,というふうに考えます。そして,この社会構造主義の考え方に基づく援助モデルが,ナラティブモデルなのです。 ナラティブモデルでは,本人が語る(ナラティブな)内容にこそ,本人(当事者)の本当の姿があると考えます。これを,「物語としての自己」といいます。 本人の問題は,援助者が決めるのではなく,当事者本人が決めるのです。しかし,本人だけでは,なかなか決められないので,あくまでも伴走者,お手伝いとして側面的に援助者が協力するのです。 そして,そのときの手段として,本人の語るストーリーを理解することを重視するのです。 ただし,相手の語るストーリーを相手の立場で理解するということは,非常に難しいと言えます。一歩間違うと,間違った決めつけになるからです。 相手の論理を尊重しつつ,理解するということが求められます。 |
たとえば相手に「ありがとう」というときのことを例に説明しましょう。仮に,プレゼントをもらったとします。その時に,本当は自分の欲しいものではなかったとか,欲しい人からのプレゼントではなかったとかします。 そうすると,相手には当然「ありがとう」といいますよね。でも,心の中では本当にありがとうという気持ちがないのに言葉では「ありがとう」ということになります。 実は,社会福祉援助の価値とはこの場合の,本当の気持ちにあたります。そして,価値についてはいろいろな社会福祉援助が教科書に書いています。しかし,気持ちのない援助は本当に相手に届くのでしょうか。同様に,価値のない援助は本当にそれで良いのでしょうか。良いとはいえませんよね。だから,社会福祉援助には価値が大切なのです。 まあ,こんな説明で分かりますか? もし,分かるのであれば,中央法規出版から出ている『講座社会福祉士養成講座 @社会福祉援助技術論T』を図書館か本屋で探してください。その中に,東洋大学の佐藤豊道先生が社会福祉援助の価値,原則などについて書かれています。それをぜひ読んでください。 |
長い間、岡村重夫先生 『ケースワーク記録法』 誠信書房 本体1500円 しかありませんでした。 その後、久保紘章先生が記録に関することについて四国学院大学におられる時に書いておられます。その後も、久保先生は東洋大学の佐藤豊道先生とソーシャルワークの記録に関する研究会をされています。 また、佐藤豊道先生は、介護福祉分野における記録に関する本を出版されています。 |
当事者の福祉が守られていない状態であれば、この状態が権利を侵害しているような場合、その状態を明らかにして、権利の侵害が起こらないようにするということになります。 一方、権利擁護は、その名通り権利を擁護するという意味です。そうすると、権利擁護があって、その結果アドボカシーが行 われると考えることが適切と考えます。 非常に関連の深い概念ですが、その方向性が少し異なると思われます。権利擁護は権利を守るということに重点があり、アドボカシーの方は、権利を守るだけでなく、権利を守るために社会に対して行動を起こすことに重点があると考えられます。 |
専門知識や専門技術が大切であるということはよく言われますが、先に書いた援助の本質(専門職としての価値)がなければ意味がなくなるのではないでしょうか。 PSWとしては、所属する組織との関係で常にジレンマを抱きながら、葛藤して仕事をすることになるでしょうが、やはり大切です。 何だそんなことかと思えるかも知れませんが、常にクライエントを尊重し、クライエントの人権を守る援助をするためにはものすごくエネルギーが必要ですがやはりこれがなければ、PSWとはいえないと思います。 |
自分は周囲の人の障害になっているわけではないのに障害者と言われる。障害は自分自身ではなく、周囲の方にあるのにといつも思う。このことをどのように考えるといいのでしょう。 本人の持つ障害に関して、訓練等を行うことで改善することも大切です。しかし、それだけでは十分と言えません。周囲の人や環境、制度等に働きかけて、障害があっても生きて行きやすい状況を作るあるいはそういう状況に変えていくことも必要です。 |
現在、精神障害者地域生活支援センターで働いています。精神障害者授産施設と一緒に地域生活支援センターが設置されています。地域生活支援センターではどのようなことをすることがその役割なのかということについて疑問があります。日中のことですが、地域生活支援センターでも来ている人に授産施設でやっていることと同じようなことをしています。これって、おかしくないでしょうか。 しかし、残念なことに現時点で精神障害者が行くことができる場所は、精神病院 (デイケアを含む)、保健所等のデイケア、共同作業所、授産施設、福祉工場、障害に理解のある事業所くらいしかありません。そのため、いろいろな条件があるでしょうが、日中に精神障害者が行く場所として授産施設がある人が多いのではないでしょうか。そうすると、来ているのだから何かしてはどうかと、授産施設で行っていることを勧めたりしてしまいます。 本来なら、授産施設や作業所という日中に行く場所がある人でも、支援を受けることができない休日や夜間にこそ地域生活支援センターの存在意義があります。また、すでにあげたような各種サービスを利用できない人の地域生活を支援することが重要ではないでしょうか。 精神保健福祉法が改正されるまで、地域生活支援センターは施設に併設され、地域生活支援事業として機能していました。しかし、施設を利用できないために必要な支援サービスを受けることができない人を対象とした援助が重要ということを考えると、現在のように独立した施設として地域での多様な生活を支えることが必要です。これまでの施設中心の考え方から脱皮した、地域生活支援センター独自の支援サービスを用意することが今後求められるということでしょう。 |
その人は、80代の女性で痴呆はありません。移動は車椅子で自力で移動されます。その方は、ベッド周りにある荷物のことをいつも気にされているらしく、「車を貸して、荷物を家に持って帰るから」と常々訴えられます。彼女の話をどのような態度で聞けば良いのか。彼女の訴えを聞き流すだけの対応で良いのか。もし彼女の訴えを叶えることで、彼女の病態に変化がどのように現れるのか。何らかのアドバイスが得られればと思います。これまでも抑うつ状態の人と関わってきましたが、はっきりとした抑うつの方への対応の指針が自分のものにできていないと感じています。 また、抑うつ状態とは、何でしょうか? その定義は? 心気症状とは違うのでしょうか。抑うつ状態であることで、何か問題があるのでしょうか。抑うつ状態の原因は何でしょうか。 いろいろ分からないところがありますが、一応、上記のような答えとしておきます。 |
それは兼ねてからよく言われてることですが、他人の家に入り介護や家事をすることについてです。金品の紛失等で一方的に疑いをか けられたり、いやな噂がたつことに疑惑を晴らす方法も思い浮かばず、警察へ連絡して下さいの一言しか対応できないことです。 なにか後味の悪さだけがのこるのではと思い悩んでいることです。 良きアドバイスをお願い致します。 これについて考えるときにいくつか気になることがあります。まず、契約ということです。家事援助や介護を行うのですが、あくまでも相手からの依頼があって初めていろいろなことを行いますよね。その際に、介護に必要でないことに関してもいろいろな話が出るかもしれませんが、契約をしていないことはいっさい行わないということです。 また、疑われる可能性のありそうなときには、決して一人では対応しないということです。できれば他職種の人と複数で立ち会って行うことが必要でしょう。ホームヘルパーをしている人はもちろん優しい心を持っている人でしょうが、これは仕事を行うために必要なことです。 二つ目は、専門職としての倫理の問題です。利用者が家族と同居で、自分はお金に関することについて話しもしないし、頼まれることもないのにそのような疑いをかけられるということのようですね。 そうすると、ご質問の文章にあったように「警察に連絡してく ださい」という手段も当然必要でしょう。ただ、事前にそのよう なことが起こらないように、自分の行うことについてきちんと説明して、それ以外のことはしないということを伝えておくことが大切です。 三つ目は、表面的に見えることだけでなく、相手との関係に 注目する事です。ご質問の文章では分からないのですが、自分の対応が相手に良くないために、不満がそのような形として出ているのかもしれません。違う人がその家に行くようにするとかして様子を見ることも必要でしょう。誰が行っても同じような問題が出てくるようなら、別のことを考えなくてはいけなくなります。 四つ目は、相手の行動の問題です。他人との関係を持つと きに、何らかの問題を通してしか作れない人がいます。そのような人であることも考えなくてはいけないかもしれません。 こうなると、単にホームヘルパー一人の問題ではなく、組織 としての対応やもっと広い視点で考えないといけないでしょう。 もっといろいろあるでしょうが、一般論としてはこれぐらいでしょうか。後は、それぞれのケースによって対応や考えることは違ってくるでしょう。 |
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