「びんご・生と死を考える会」
心あたたかな医療110番
相談の内容紹介 49

質問49
 当方、関西在住の者ですが、昨年1月に父(60歳:10年前にC型肝炎を患い、インターフェロンを用い「完治」、以後定期検診を受検)が肝臓の血管腫の疑いで入院、結果的に肝腫瘍とわかり手術により除去、そして7月17日の再入院の現在に至ります。

 2000年9月 関西の大学付属病院内科で検査 血管腫との診断この間、検査を繰り返す。 腫瘍マーカーなどの数値には異常がない状態が続く。血管腫に対する医師の診断(その大きさなど)が曖昧で、「肝臓に何かある」程度の表現でしかなかった。

 2000年12月同病院に入院 カテーテルによる組織検査 

 2001年1月 手術。巨大腫摘出、術後胆汁の排出が悪かったので胆管にチタン合金の補助筒を入れる。

 2001年3月 退院。外科に外来として定期検診を継続。ここから担当医は執刀医ではなく外来の外科医にかわる。

 2001年7月16日 定期検診(エコー)の際、腹部の膨張感を訴え、外科から最初に診て頂いた内科医に担当医が変わる。腹水治療のため、7月17日から現在入院中。投薬によりやや状態緩和。

 という経過を持つ父なのですが、7月の外来診察の折、術後外来からの担当外科医師が付き添って来ていた母に対し、廊下ですれ違いざま、「そうそう、言っておかなくてはいけないことがあった。九分九厘、肝細胞癌が再発している。」と突然告げました。突然のことに母は動揺したのですがなにせ数メートル先には父が診察室にいるため、「手術するのですか」「投薬や放射線治療は」と尋ねるのがやっとの状態で、その問いに対しても「肝臓をかなり摘出してるので手術は無理」「投薬も効く薬はない」「切り口の表面に出来ているので放射線治療は無理」と言って(言い捨てて、と私は書きたいところです)立ち去ったそうです。

 現在入院しているのは同じ医大の別の付属病院です。担当の内科医師は「チーム医療で取り組んでいるから常に執刀医、外来で診察してきた外科医、そして私の複数医師で治療を検討・実践している」といいながら、7月16日に撮ったはずのエコーを再び撮って、今CTも撮っています。しかし、その間、転院の際も含めて医師たちからは廊下での発言以外は「腹水治療」以外何の説明も無く、また、外科医の発言から考えても、そのように予後の重要な問題に関わる事態になりながらも、何の説明もありません。たまりかねて私が2日前に内科医師に説明を求めた際も、「エコーではぼやけて再発かどうかよく分からないからCT結果を診て…」という説明で、それまでの担当外科医が廊下で言い捨てた事への説明もしませんし、その説明が「告知」という認識もその内科医はもっていません。外科医は「投薬も治療法もない」と言い捨てたのに、内科医は「内科的治療も外科的治療も考えられる」と述べました。外科医との説明の矛盾点を指摘しても埒があきません。

 そのようなやりとりを経て、こちらから聞いて「確実に」わかった現在の内科医の治療方針は「小腸が活発に動いているため外から腹水を抜くことは無理なため、1週間投薬で腹水を緩和する」ということだけでした。
 肝細胞癌の生存率が低いことは知っています。父の現状を知り、最良の状態にもっていくにはどうしたらよいか、私たち家族も知らなくてはいけませんし、もちろん専門家には及びませんが知識も集めています。さまざまに考え、行動しようという能動的な状態でいようとしています。

 いったい、転院してきて父はどんな治療を、どんな想定のもとで受けているのか、医師はどんな治療を考えているのか、我々家族としては、外科医の言い捨てた現状だけが心の中で拡大し、不信と不安の募る日々を過ごしています。母は毎晩、一人になると悲嘆に暮れています。

 父は、こういった経緯を知る由もありません。ベッドの上で退院した後の仕事の段取りを考えています。割合元気で安静度も低く設定されているのですが腹水と「術後の癒着」による痛みがあります。

 まったく見知らぬ方に、このような重い話を、長々とつたない文章でお話申し上げることは大変心苦しい上、失礼なことだと思っております。お許し下さい。

 できれば教えていただきたいのです。
 私たち家族は、父のために何ができるのでしょうか?

 これからを生きるために、生きてもらうためにはどうすればいいのでしょうか? なすすべは、ないのでしょうか?

 何も言いませんが人知れず心の中では「死」を意識しているかもしれない父の孤独を考えると、た まりません。

 批判的なことを書きましたが、診療自体は医師を信頼してまかせる、という姿勢と医師にたいする敬意と感謝は忘れていないつもりです。父と、私たちがどうこの現状に取り組んで行けば良いかアドバイスをいただければうれしいです。

 長々と書きましたが、どうぞ、よろしくお願いいたします。
回答49
 まず、大学病院の使命は、研究と学生の教育ですので、患者はそのための材料と云うことになり、昔から云われるように「モルモット」ということになります。「患者中心の医療」は期待できないと思いますので、病院側からの親切丁寧な説明を期待するのは無理だと思います。それでも医者は聞けば必ず教えてくれると思いますので、納得の行くまで聞かなければいけません。「お任せ」では、それこそ「モルモット」にされてしまいます。家族の熱意で医者を動かさなければ良くならない場合もあります。

 とにかくまず、今の状況、それに対する治療方法、治療方法ごとのメリットとデメリット、予想される副作用と効果、今の病院でできることとできないこと、など納得できるまで担当医に良く聴いてみてください。

 メールの内容から分かる範囲で参考意見を述べてみます。C型肝炎から肝硬変になり肝臓癌ができて、しかも手術で切除できるくらいの肝臓癌で、肝硬変も手術に耐えられる程度であるとの判断だったと思います。なぜ「巨大腫摘出」という状況まで診断がつかなかったのか不思議です。C型肝炎からの肝臓癌に対する治療方法についての一般的な考え方は、まず最初の治療をどの方法で行うか、再発した場合の治療をどのように行うかという作戦をたてます。一応5年以上を目標にして計画的な治療をくり返して行きます。最初に手術をすると、再発した場合の治療方法が限られて来ますので、最近は手術以外の方法で、本人のQOLを重視した治療する場合が多いと思いますし、色々な治療方法が開発されています。

 術後、腹水が溜まるということは「肝不全」による症状だと思います。(再発や転移によるものかどうかも聴いてみて下さい。)この場合は「術後肝不全」で、やがて回復してくると思います。どうしても正常な肝臓ではありませんので、手術による肝臓への負担(手術侵襲といいます)のために、一時的に肝臓の働き(機能)が低下して、腹水がたまります。利尿剤などで改善しない場合には、腹水穿刺をして抜き取ることをします。

 もし回復できないようなら、手術をした判断が誤りであったか、手術が予想以上に大きくなった(手術侵襲が大きかった)ために、肝臓が持ちこたえられなかったということになります。いずれにしても今は治療によって回復してくるのを待つ以外にないと思います。

 できれば本人の意志で病気に立ち向かうことが良いと思いますが、その代わりを家族がしなければいけないと思います。まず現在の父上の状況を正しく知って、病気に対する知識を身につけて、家族の熱意で医者を動かさなければいけないと思います。家族が支えてあげなければいけないと思います。
再質問49
 御丁寧なお答え有り難うございました。大変感謝しております。質問のネット上での公開は構いません。
 大学病院という機関の性質上、或る意味こういった患者家族との意思の疎通の風通しの悪さは仕方なく、こちらから能動的に動かなくてはいけないとわかりました。アドバイス頂いたとおり、私たちは自分たちで納得のいくまで担当医に話を聞きます。

 その後の父の状態ですが、ご相談申し上げた日から腹水を外から器具を使って抜いております。現在は炎症の反応が出ているとのことで、もうすこし腹水を抜いてから肝臓の組織を一部取り出して検査をするとのことです。CTの結果も今一つ「よくわからない」らしいですが「今すぐどうこうというわけではない」「普通はこんなに早く再発しない、もし再発でも治療法はある」と医師は説明したそうです。
 という説明は24日、前々から願い出ていたCTの結果についての説明として突然医師から話があり、結局母一人が対応し、話を聴くことになり、上記のような説明となりました。父の現状(再発かどうか)、今後の治療方針など、母は質問したようですが、「CTで診ても再発かどうかまだわからない」「なんともいえない」の一点張りだったそうです。 
 そして26日夕方から突然、「炎症を抑える薬の点滴」が始まりました。
 
 この一連の検査・治療に至るにあたっても私の中には医師たちにたいして様々な不信が渦巻いています。数野先生のメールにもありましたが、どうして初期段階で医師が気がついてくれなかったのか、前々からおかしく思っていました。今となってはどうしようもないので、母も私も口に出すことをしませんでしたが、事実、父が昨年の7月頃から調子が悪く、割と軽い気持ちで近所にあるこの付属病院の内科を訪れたときも現在主治医となっているこの内科医が診察・検査しましたが「よくわからない」「アレルギーでは」ということで検査が続きそのまま通院、11月頃には腹部の違和感・筋肉の痛みなどが始まり、ようやく12月にカテーテルを入れる検査という運びになったのです。

 考えたくないことですが、私には「場当たり」「無計画」な治療としか思えません。こんなに何度も同じ検査ばかりして、「治療」がいつも見えてこないのです。医師には失礼ですが「わかってないんじゃないか」と思うくらいです。慎重になっているのは(百歩譲って)わかりますが、こちらから現状を問うても説明がはっきりせず、検査のくりかえしでは…。母はここまできたらまかせるしかしない、と申す一方ですが、結局わたしとしては、納得できません。

 それから、もうひとつ伺いたいのですが、もし、可能性として、「転院」ということを考えるとするならば、それは父の状態、治療の現在、病院間の連絡などの関係で容易にはできないのでしょうか。もちろん、専門医の有無や紹介、転院先の受け入れ状況など「簡単なことではない」ということしかわからないので、どのような可能性と労力が伴うものなのか、何度も長々とメールで恐縮の極みですが、教えてくださればありがたいです。

 とにかく、わたしたちはメールへの回答で、「元気」がでました。私たち家族が病気に対しても精神的にもしっかりしなければいけないことを頭に入れて頑張ります。

 本当にありがとうございました。 
再質問への回答49
 良い医者とは、知識と経験と技術があり、人生哲学と医療に対する熱意があって、常に患者さんと一緒に闘おうと云う姿勢のある医者だと思います。

 他の専門医の意見も聴きたいということを担当医に伝えることから始まると思います。セカンド・オピニオンを希望するという言い方でもいいと思います。診断や治療の方法などについて、主治医以外の医師の意見を聞くことをセカンド・オピニオンといいます。二つ目の意見という意味です。

 主治医には、たとえば「がんセンターの医師に(とか○○医大か△△病院の先生に)、セカンド・オピニオンを聞きたいのですが」などと言えば分かると思います。セカンド・オピニオンの希望を伝えれば、主治医の方で適切な医師を教えてくれる場合もあると思います。主治医は了解してくれれば、紹介状を書いてくれて、必要な資料(レントゲン写真など)と共に渡してくれると思
います。医師の方から紹介する病院は、同じ出身大学の関係の病院の場合が多く、医師自身の個人的なつながりの病院と考えた方がよいでしょう。医師の世界は、学閥という意識が強く、仲間意識の強い集団です。よい場合もありますが、かばいあう体質の原因となります。

 もし転院する場合には、転院の意志を伝える、転院先の病院(医者)を決める、転院の日時や移動の方法を決める、担当医に紹介状と今までの資料を渡してもらう、今の病院の看護婦から転院先の看護婦への申し送りの手紙を渡してもらう、などの手続きをしていくことになると思います。誰のためかと云うことを考えれば、医者に遠慮することはありませんが、本人が人質に取られているような状況ですので、なるべく穏やかに話し合う必要があると思います。担当医は医者と云う専門家ですが、人生経験から言えば家族の方々の方が先輩だと思いますので、上手に交渉することが大切だと思います。

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